少女は、五月のその日を今でもはっきりと憶えている。
 彼女の中でそのシーンは幾度繰り返されただろう。
何度繰り返してもその光景は色褪せることも擦り切れることもなく、雨の匂いまでがリアルに甦ってくる。

ジョニーは傘も差さずに現れた。

 少女が育ったところは聖戦の戦災孤児を収容する施設だった。
運営は戦災孤児に対する補助金で行われていたから、そうではなかった少女に対する、職員たちの扱いはあまり好意的ではなかった。
子供はそういった気配に敏感だ。施設の中で、少女に対するいじめは半ば公然と行われていた。
いつしか少女は笑わなくなった。
笑顔もない、友達もいない抜け殻のような日々だったのだと思う。思い出せないし、思い出したくもない。
 しかし、そこから抜け出せるとも思っていなかった。いつか救いの手がさしのべられる、そんなことは考えたこともなかった。
考えることさえ、感じることさえ、やめていたのだと思う。
 だから、自分に「身請け」の話が来たときも何も感じなかった。
 その人に会うまでは。
少女の身元引き受けは、小雨の降る中、戸外で行われた。

 五月の雨はまだ冷たい。彼がかぶっている鍔広の帽子も身につけている黒のコートも、雨を充分に凌いでいるとは言いがたい。
現に帽子からこぼれ出ている金髪が、幾筋か濡れて額にはりついている。
 男が持つ白木の杖からは死の匂いがした。しかし、不思議と恐怖は感じなかった。彼から伝わってくるのは、とぼけたような余裕だった。
少女は突如理解した。この人は、夜が明けるまで死神とダンスを踊れる人なのだと。とても、強い人なのだと。

彼は言った。
お初にお目にかかる、レディー。
お前さん、「孤独な魂」だな?
だから
今日からお前さんは、俺の家族だ

思いがけず
少女の口をついて、言葉が出た。
じゃあ、
じゃあ私の、父様になってくれますか

ああ、勿論。
低音の、ちょっととぼけた声はそう断言した。

 少女はうつむいたまま半歩進み出て、男がさしだした手をとった。男は全身でにっこりと笑うと少女を軽々と肩に担ぎ上げた。
なぜか涙がこみ上げてきて、肩の上で少女は空を見上げた。
 雨はもうあがっていた。

 そして彼女は、この回想を常に後悔で終わるのだ。なぜ、あの時、自分はジョニーにありがとうをいえなかったんだろう。
ジョニーがボクのことを好きになってくれないのは、きっとあの時、ボクがちゃんとありがとうっていえなかったからなんだ。
 彼女は、その一言が言えなかった理由も理解している。だから二度と後悔しないように、思ったことは必ず言うことにしている。
自分の気持ちを隠さないことにしている。これ以上、ジョニーに嫌われたくないから。











(この小説の作者は元副管理人:犬です。以下作者からのコメント)
ジョニーとメイの赤い糸は素直なようでもつれています。なんで?というところを、まあ、考えてみました。
一応、GG(初代)の攻略本に載っている「皐月」をベースにして。(ジョニーは帽子かぶってないけど)
幸せになれるといなぁ、この2人。