「正直なことを、言っていいですか?」
 少年は困り果てた顔で、それでも控えめに言った。
「アグリアスさんがそんなことを言うとは、思いませんでした」
 言われたほうは、びくりと肩をふるわせる。
「……解っている」
 こちらは無表情だ。ただ顔色だけが白い。
「……だが、私は、やっぱり反対だ」
 うつむきながらものを言う。それもまた、彼の知る彼女らしからぬ態度だ。
「……あいつの墓を作るのは」

 そうまで言われて何も考えないほど、ラムザも子供ではない。
 しかし袂を分かったとは言え、彼にとってガフガリオンは認めるべき人間だった。
 共感も理解もできないが、彼は彼の生き方で走り抜けた。
 だから全力で倒したのだ。
 アグリアスには作業をやらせないことに決めて、墓を作ること自体は決行した。
 ラムザに店へのお使いを頼まれて、席をはずす彼女の背中を見ながら、仲間のひとりがぽつりと言った。
「何か、あったのね」
「……たぶんね」
「……そ」
 それきり何も聞かず、彼らは決めておいた場所に出向き、もくもくと作業を進め始める。
 このパーティーの皆とは長い付き合いになるが、近頃ずいぶんと、物分かりよく気をきかせてもらっている気がする。
 ラムザには解っていた。自分の面倒に巻きこんだからだ。
 あれだけ現実を見せられれば無理にでも大人にさせられて当然だ。
 ラムザは申し訳なさと、それでも彼らが自分とともに居てくれることへの感謝を思った。
 突然、目頭が熱くなり、あわてて下を向いてやたらと土を掘り返した。


 崖の上に立つ簡単な墓標には、使い込まれた黒い兜が引っ掛けてある。
 びょうびょうと風が唸り、それはほんの少し揺れる。
 彼女は髪をはためかせて立っていた。
 目の前の墓碑銘に刻んであるのは、命を落としたことへの同情でなく、この乱世を生きたことの敬意だ。
 彼らしい。笑おうとしたが、喉から出たのは妙にかすれた音だった。
 何を考えていいのか解らないまま、彼女は考えた。
 彼をどう思うべきか、彼女はついに決めかねていた。もっと時間が必要だったのだ。せめて偶然か、必然かが背中を押してくれるまでは。
 だが、彼は逝ってしまった。
 もうどうしようもない。決めかねるこの気持ちのまま、生きるしかない。
 彼が暴いた自分自身。誰のことを好きにも、嫌いにもならない、救いがたい自己愛のかたまり。
 それを抱えこみ、恥に悩みぬいて、生きるしかない。

 ひときわ大きい風が吹き、がらんと音を立てて兜が揺れる。
 思わず顔を上げる。
 武人である彼女には聞きなれた、鎧がぶつかる固い音。
 その音に導かれ、ゆっくりと記憶が開く。
 ……あれは何だ?
 ……いつのことだった?



『我慢すンな。考えるな』



 それは何だった?

 そうだ。あのときだ。



 ――やたらと熱かった、あの日の言葉だ。



 彼女は、深い眠りから醒めたように、ぼんやりと瞬きをした。
 やがて、かすかに笑った。まったくその通りだ。
 我慢するなとは、自分を我慢するなということだ。考えるなとは、他人を考えるなということだ。
 自分を恥じるな。まして責めるな。
 受け入れてみせろ。
 奴が暴いた、あるがままの自分を。

 ……考えてみれば、父も、あいつも、同じことを言っている。
 自分を見極めろ。
 いつの世も大事なことは、ただそれだけだ。

 アグリアスは笑った。何日かぶりに、声を立てて笑った。
 あいつは私に、それを授けていったのだ。
 自分自身が、誰かの遺品になる日がくるとは、思わなかった。


 陽が暮れはじめ、空は鮮烈に赤い。
 鳥がねぐらに帰る声がする。
 きっともうすぐラムザが、食事の用意ができたと、自分を呼びにくる。
 自分がここにいることを、仲間たちは解っているはずだ。
 それまででいい。

 それまでには、この笑いも、涙も止まっている。



Fin










ガフガリオンは自由意志と好き嫌いをはっきり持つ男です。
万人一致の正義は存在しないと知る彼は、常に己の価値観を優先する。でもだからこそ他人を気にかける余裕がある(ラムザに「イグーロスに帰ろう」と呼びかけたように)。まっすぐで利他的なあのラムザが、ガフガリオンに対してだけは「(聖石を)力づくで奪ってみろ」などと大見得を切る。ああいう台詞は彼自身、己の選択に自信をもってないと言えない。その自信を持たせてくれたのは他ならぬ、父性をつかさどる反面教師、ガフガリオンその人でしょう。
そしてアグリアスは、価値観は明確なのに自由意志となると怪しい。本当はオヴェリアへの同情という人間らしい動機で動いているくせに、何かと「王家のため」と大義をつけて言い訳をしたがる。他人を気にかけるのがすごく下手。

SELFISH(セルフィッシュ)は利己的の意。それだけ。


2003/05/20