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あなたの店 

 僕の店では、なんでも売っています。

 思い出せない名前 ―― 出先で急に忘れても、この店に寄れば大丈夫。
 悲鳴をあげる卵 ―― 卵は存外おしゃべりなので、珍しくはないのですけど。
 嘘ばかりつく詩人 ―― お買い上げになる前に、瞳の色のご確認をお忘れなく。
 泣いて忘れた嫉妬 ―― リボンをかけてお包みしますね。
 届かなかった手紙 ―― 末尾が「またね」か「さよなら」かで値段が変わります。
 ピアノの弾ける妹 ―― お買い上げになる前に、美味しいココアのご用意を。
 ふたりきりの帰り道 ―― 色褪せないよう、保管方法にご注意ください。
 鏡にうつる卑屈 ―― お天気雨の日に、なぜかよく売れます。
 首をくくったあの娘 ―― お化粧しているかしていないかで値段が変わります。
 12歳の絶望 ―― 色はさまざまですが、黄色がいちばん人気ですね。
 煙草臭い男の舌 ―― 下取りに出す人が多いので、在庫は豊富です。

 店の場所を知りたい方は、僕まで連絡をください。



デイドリーム 1 

 その男は大きすぎてそこにいることに気付いてもらえない。
 ある人は彼のつま先を見てごつごつした岩山だと言う。
 眼のいい人はその上にある脛を見てとほうもない大木だと言う。
 さらに眼のいい人はその上にある膝小僧を見つけてものすごい実が生っていると言う。

 誰も彼のことを見ていないし彼のことを知らない。
 誰の目にとっても彼は大きすぎる。
 彼は寂しくて寂しくて泣く。
 こぼした涙を見て人々は一夜のうちにできた湖を不思議がる。

 あるとき彼はやっと自分に向けられている視線に気づく。
 その視線は彼を見ることができるほど大きな眼から送られてきている。
 夜しか見てくれないうえに一つ眼だけれど彼は嬉しくて嬉しくてたまらない。

 だけどその眼はだんだんと瞼を閉じてしまう。
 彼がどんなに泣いてお願いしても瞼を閉じてしまう。
 2週間も時間をかけて閉じてゆきついには完全に彼のことなど見なくなる。
 彼は悲しみのあまり海に身を投げて死んでしまう。
 人々はやがて海の底から浮かびあがってきた大陸にとても驚く。



小フーガ ケミカル調 

「ついに開発に成功したわ。人間が人間に抱く心的依存をコントロールする薬よ!」
「…………」
「要するに『執着管理剤』といったところね。他人からの評価を極端に気にしてしまう人や、どうしてもストーカー行為をやめられない人たちの、内面の衝動を抑えることができるの。彼らの社会復帰の光明となるはずよ」
「あの、所長」
「なあに?」
「ぼくも新薬を開発しました。人間の記憶から、ひとつの対象を選んで消しさる薬です」
「えっ本当? 新人なのにすごいわ!」
「でも不完全なんです。消したい対象をうまく指定できません。実はもう何度もあなたに使っています。何度使っても、消したい記憶だけをうまく消せません」
「……私に使ってる?」
「あなたはぼくのこと、入所したての新人だと思って可愛がってくれますね。本当のぼくの記憶が消えてるから。消したかったのはそれじゃないのに。ぼくがあなたから消したいのは『執着管理剤』の製造方法なのに、何度使っても消えるのは、ぼくについての記憶です」
「私の中から、君に関する記憶が消えてるの?」
「いちばん最初に消えたのが本当のぼくの記憶で、二度目以降消えてるのは、新人だと思われてるぼくの記憶ですけどね。本当のぼくを忘れたあなたは、自分がなぜ『執着管理剤』の開発を目指したか、その理由も忘れています。ぼくに隠れて作ってたはずなのに完成を報告してくるくらいですから。……せっかく可愛がってもらえてるし、ここで止めてもいいんですけど……でも、その薬はやっぱり邪魔です。もしあなたが将来、ぼくの本性に気づいたら、当初の予定通りその薬をぼくに使おうとするかもしれない。もう一度ためしましょう。次こそはどうか、薬の製造方法を忘れてください」

     *     *     *

「ついに開発に成功したわ。人間が人間に抱く執着をコントロールする薬よ!」
「…………



デイドリーム 2 

 なんでも食べてしまう男がいる。
 形があろうとなかろうとなんでも食べてしまう。
 あるとき男のもとに女がやってくる。
 「私を棄てた不実な男を忘れられなくて辛いです。
 この思い出を食べてください」
 男は美しい女を好きになってしまう。
 あなたの過去を消せるならばと男は女に愛を打ち明けて願いを聞き入れる。
 だが思い出を食べた男はそれを消化して自分の血肉に変えてしまう。
 不実な男の思い出を食べた男はやはり不実となって女を棄てる。
 女はむしろ男のために涙を流す。



ミッシュマッシュ(=ごったまぜ) 

私が彼にネクタイを贈ったのは、それがいちばん首輪に近いからです。
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誰よりも早く走りたければ、蛇になるといい。
『足さえ持っていれば』という幻想のもと、君の記録は決して破られない。
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火事を起こしかねない大きさの炎だけが凍え死なない夜を約束できる。
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忘れてしまった歌がある。好きだったのに思い出せない。
きっと歌のほうが僕を嫌いになったのだ。
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気をつけろ、敵は思春期だぞ!
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「あの人を好きになれない」
「好き以外のあらゆる感情を抱けていいじゃないか。
好きになると、それしか持てない」
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詩人とは職業ではなくて死因だろうね。
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水族館の水槽のなかで、魚はどこにも行けない。
しかし水槽のおかげで地上には来れた。
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僕はずっと、彼女があいつと一秒でも長く過ごせるように、その扉の前で殴られている。
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「似ていない似顔絵だな」
「あそこが違う、ここが違う、と本当の顔を思い出すためのものだよ」
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泣いている君は本当は哀しいのではなくそれを哀しむことのできる自分でありたい。
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「窮屈な服や、歩きにくい靴を着けなくても、きみはきれいだよ」
「あなたじゃなくて、わたしにわたしをきれいだと思われたいの」



殴ってやるからこっち向け 

「友達づらすんの止めてくれる?」

 いやに黄色い、眼にひりひりする朝焼けを見ながらそう言った。
 ちっともすがすがしくない色だ。
 一晩じゅう着てたせいで、セーラー服の襟はよれよれ。ああ、お風呂に入りたい。

「……私といっしょに、奈落の底まで、堕ちてくれるわけでもないくせに」
 そう続けてから、まずったと思う。青臭いこと言っちゃったな。
 いい歳して夢見がちな人情ごっこなんか、したいわけもない。
 寒いったらありゃしないね、こんな台詞。

「誰が、あんたの友達づらなんかするか」
 隣からは、疲れた声が投げやりに返ってきた。上等じゃないの。
「ただ、友達っていうのは、一緒に奈落まで堕ちてくれる人のことでも、奈落から引き上げてくれる人のことでもない」
 言葉はいったん途切れたけど、すぐに続いた。

「奈落の意味そのものを教えてくれる人のことだ」

 思わず、顔を見返した。
 だけど向こうは、私のほうを見ていない。
 無表情で、ただじっとスカートのプリーツを風にそよがせている。
 畜生。舌打ちして眼を逸らす。

 ……とにかく一つだけ解った。
 こいつも私並みに、寒いことを言えちゃう、痛いやつだ。


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