我らが絵師殿のお考えが、いまいち凡俗の自分には掴みかねる。
 前を歩む小柄な背中を眺めながら、エドガーはそう考えた。

 薄汚れて埃っぽい、雑多な器物が積みあげられた隙間の道なき道。
 足場はごちゃごちゃした損壊物で構成されている。押し潰されたコンテナ、脚のもげたテーブル、千切れたカーテンが垂れ下がる窓枠。断線されて火花の散るワイヤー、真っ二つに折れた橋――その時刻を示したまま止まっている柱時計。
 いずれも安定は悪く、ときとして滑りやすい。本当ならリルムではなく自分が先頭を歩くべきかもしれない。もし普段どおりの4人連れだったらそうしただろう。軽装備の仲間を2番目か3番目に挟み、ほかの重装の者が先頭としんがりを歩むのが定石だ。
 だが、今回は何しろ2人連れだった。
 自分が先頭で彼女が後方、その陣形では背後からの不意打ちを防げない。足場が崩れて転げ落ちそうになっても支えてやれない。もっとも今の陣形では、エドガー自身が足を滑らせても支えてくれる相手がいないのだが、そんなことは構わなかった。女性の頬に擦り傷をつくるくらいなら喜んで自分が転げ落ちよう。
 道を漕ぐ少々の苦労を負わせることになるが、リルムに前を歩ませ、自分が後ろからついてゆくのが現状では最善策だった。彼女の背丈はエドガーの視界を妨げない。前方へのボウガンでの応戦も十分可能な陣形だ。
「……しっかし、本当にあたしたちだけでここまで来れたね」
 振り向かないまま足も留めずにリルムが言った。呼吸が少し弾んでいるが、疲労しているわけではなさそうだ。
 エドガーは足元に転がる、色の褪せきった何かの看板を踏みこえて応えた。
「たまの休みに来る行楽先としては、やや趣きに欠けるがね」

 その場所はそれ以外の名では呼びあらわせない。
 その必要もないし、それ以外の事実もない。ただそれはそうと呼ぶしかなく、それゆえにそれだけの存在だった――瓦礫の塔と。

 壊れた道化が統べる凶悪な妖物の巣。たった2人で登ろうとは無謀な話だ。
 だが彼らの目的は、最奥まで進んで仇敵を倒すことではなかった。戦闘に明け暮れて経験を積むことでもなければ、旅の資金調達のためですらもない。
「……だからさ、色男、リルムのお願いきいてよ」
 昨晩、宿屋で交わした会話をエドガーは脳裏でなぞる。
 夕食後、涼むためにテラスに出ていた彼の上着の裾をぐいぐい引っ張りながら、小さな絵師はこう続けた。
「こんなこと頼めるのエドガーしかいないんだよ。ティナやセリスみたいに、あいつに直接関わりのあった人たちには言いづらいじゃん。ござるのおっちゃんもそうだけどさ」
 テラスに面した食堂の窓からは、やわらかな灯とともに仲間たちの会話が微かに漏れ聞こえる。エドガーは視線を宙に彷徨わせ、彼らの顔をひとつづつ思い浮かべた。
「……それにしても、なんで俺を選んだのかな?」
 小さな手を伸びかけた上着の裾から優しく外し、フィガロ王は手摺にもたれて聞き返す。
「たとえばロックあたりも話に乗ってくれそうだけど」
「泥棒なんかと一緒に行っても、お宝探しに引っぱり回されるのがオチだろ」
 べえと舌を出し、自分も手摺に背を預けてリルムは言った。
「筋肉男はたぶん理解してくれないし、傷野郎は面倒くさがりそう。うちのじじいもきっと小言を言う。お子様やモグちゃんには頼めないし、あとの連中はまあ悪い奴じゃないけど、なに考えてんだかいまいち解んないし……消去法でいって色男しか残らないんだよ」
 シャドウはどうだ、と尋ねたくなる気持ちを抑えてエドガーは顎に指を当てた。彼はかつてストラゴス翁に、“おまえにだけには言っておく”という殺し文句と共に打ち明けられたことがあった――『ワシはあの暗殺者の出自についてひとつ推測を抱いている。王侯なれば人脈も広かろう、情報収集に協力してくれんか』。
 その正体はストラゴス自身というより、リルムにまつわるものだと聞いている。両者の年齢差からみて想像される関係性は多くない。ただ老魔導士は、今のところ確証はないとも言っていた。
「あ、でも、色男がだめならもう1人だけ候補がいるけど」
「そのお方は?」
「インターセプターちゃん」
「……一応、俺のほうに先に話を持ってきてくれたのは嬉しいよ」
 溜息をつき、彼はリルムに向き直った。
「女性を危険な目に合わせるのは紳士のやることではない。だが、その頼みを無碍にはねつけるのも紳士的とはいえないな」
 片目を閉じ、わざと仰々しい姿勢で胸に手をあてて宣誓する。
「退魔の腕輪の着用を遵守。各種消耗品を大量に携行。危険を感じたら即時の退却。……これらの前提をお守りいただけるのでしたら、不肖エドガー、謹んで御供いたしましょう」
「さすが王様、話が解るう」
 リルムは手を打ち合わせた。もっともエドガーの本音を言えば、これは計算した上での妥協案だ。もし頭ごなしに禁じたりしたら、この独立心と自助傾向の強いお嬢さんは1人でこっそり勝手に出かけてしまうかもしれない。彼女がパーティーに加入したときの経緯がまさしくそうだった。依頼されたを幸い、お目付け役として自分が同行できるならそのほうがましだ。

 飲みもの取ってくるね、と言い残してリルムは屋内に戻ってゆく。エドガーはひとり、頭上に瞬く金銀の真砂を見上げて思った。芸術家の魂とはどうやらまったく難儀なものらしい。
 見えぬものを見、惹かれえぬものに惹かれることが、彼ら彼女らが俗世から離脱するための代償なのだろうか? だから我らが絵師殿はあんなことを願うのだろうか? それにしても相手を選んでも良さそうなものだが。

 彼に盾役を仰せ付けた、小さな絵師の頼みごとはこうだった。
「一度でいいからあの道化を描いてみたいので、瓦礫の塔につれていって」


 未だ全貌も知れぬ、複雑巨大な芥の迷宮、瓦礫の塔。
 その主は常には最上階にいる。ときおり気紛れに裁きを下し、ときおり気紛れに近隣の地形を変え、思い出したように目についたものを壊し、崩し、滅ぼし、喪くし――はるかな高みに座したまま、断続的にそれだけを繰り返して過ごしている。
 ただし、と、ある男が教えてくれた。狂信者の塔からストラゴスを救い出す騒動のとき、どさくさに紛れて一緒に逃げてきた信者のひとりだ。「待ってくれ、俺もお前たちに同行させてくれ」と頼みこむ瞳に濁りはなかった。一行が乗りこんだ際の混乱で祈りの時間を阻害され、精神支配が緩んで心が解放されたらしい。
 ただし、よく晴れた金曜の夕暮れどきは別だ。
 そのときだけはケフカは、塔の最上階から降りてくる。
 塔の半ばより幾らか下、南側の棟にある長くせり出した庇の上で、ほんの数分だが下界を眺めて過ごすことがある。高低差があって物理的には近づけないが、遠目に見るだけなら障害物が無いのでよく見える。
 必ずというわけではない。条件が揃っていても居ないこともある。確率は3回に1回くらいだ。信者であったとき、俺たちは皆それを見るために待っていた。息を殺して、じっと物陰に潜んで――気付かれたら一瞬で消し炭にされる、いや、本当は感知されていて、虫けらはどうでもいいと放置されていたのだろうか――みな真摯に祈っていた。新しき神よ、なにとぞ御身を拝謁させ給えと。
 ああ、俺たちはあいつの姿を、何よりも尊い至高のものだと思っていた。何故そう思っていたのか今となっては解らない。ただひとつ言えるのは、あいつは恐ろしすぎたということだ。恐くて恐くて、気がふれそうになるほど恐くって、心の中で膨れ上がっていくあの存在に、どうにか何かの役を与えて落ち着けてしまいたかった。でないとこっちが壊れてしまいそうだった。
 おぞましいことだが、あいつはその意味では確かに、唯一無二の存在だったんだ――

「……情報をくれたこと自体は有難いけど、役に立つ話ではなかったな」
 男を妻子の待つ家まで送り届けた帰り道、ロックが手の中のキーピックを器用に回しながら言った。
「苦労して最上階まで登らなくてもケフカの野郎に挑めるなら、と思ったんだけど、近づけなくて遠目に姿が見えるだけじゃあ意味がない。しかも確率は1/3ときたもんだ」
「要は私たちが、易々と最上階に辿り付けるようになるまで研鑽すればいい」
 セリスが重々しい声を出す。
「それが不可能であれば、もとよりあいつを斃すことも能わないだろう」
 明白で簡潔な結論に全員が頷く。街外れに停めておいた飛空艇に到着し、それぞれに乗り込もうとしたとき、エドガーはぽつりとした呟きを背後に聞いた。
「……よく晴れた、金曜の夕暮れ……」
 声の主はすぐに解った。だが、別段気には留めなかった。
 何とはなく叙情的であるその条件が、多感な年齢の少女の胸にわずかに引っかかったのだろう。当時はその程度にしか考えなかったのだ。
 数週間ほど経って、彼女から今回の頼みごとを聞くまでは。


 ……全てを防ぐわけではないが、気配を中和し妖物の接近を遠ざける腕輪は、自らの役目をよく果たしてくれた。
 多少の戦闘は経たがことさら消耗はせず、絵師の少女と砂漠の王は男に教えてもらった地点まで辿りつく。位置としては、巨大な塔のやっと4合目あたりだ。
 周囲はごちゃごちゃと物が多く、見晴らしはさほど良くない。ただ、ここから遠目に臨める南側の棟には、鈍色の鉄骨が長くせり出した庇が目線より少し高い位置に伸びていた。あそこに道化が現れるのだろう。
 夕暮れにはまだ少し早い。だが空が薄黄色の気配を帯びているところを見ると、そう遠くはなさそうだ。
「……今頃、みんなは何してるかなあ」
 無残にひしゃげ、衝立のように横向きに地面に刺さっている鉄製階段の陰に座り、リルムが小声で呟く。気配を潜めているとはいえ敵陣営の只中であることは変わりない。
「今日はもともと買出しの日だったから、それが済んだら自由時間だろう」
 水筒の口を緩め、隣のリルムに手渡しながらエドガーもひそひそと返す。
「帰る家のあるものは里帰り、そうでないものは骨休め。わが弟君あたりは飽きもせず、瓦割りの枚数記録を更新しているだろうし……」
「女連中はギル持ち出してぱーっと無駄遣いしてるかも。リルムがお買い物に行くなら私たちも、ってね」
 エドガーは苦笑しつつ頷いた。2人で瓦礫の塔に来ていることは、他の仲間たちには秘密にしてある。どう考えても危険なので知れたら絶対に制止されるからだ。
 そこで2人は小芝居を打った。リルムがアルブルグで絵の具を買いたいと駄々をこね、エドガーが自分が連れていこうと言って飛空艇を降ろしてもらう――ついでに夕食を食べて帰るから、迎えに来るのは遅い時間でいいと言付けて。
 船影が去ったのを確認したあと、貸しチョコボに乗って瓦礫の塔に着ける。もし塔の最上階まで登るつもりなら、構造から考えて上空から降下しない限りは決して辿りつけない。だが男の教えてくれた地点までなら、下方の登り口からでも到達することができる。秘密の計画は幸いにも円滑に進んでくれた。第三者が同行したいと言い出したら面倒なところだったが、各自に予定があったらしい。
「……まだ当人には言ってないんだけど、そのうちさ……」
 好きなものについて語るときの常で、リルムが遠くを見る眼差しで言う。
「幻獣のときの姿のティナも、きちんと描かせて欲しいんだよね」
「ほう、絵師殿の創作意欲はあいかわらず旺盛であられる」
 へへと笑ってリルムは、膝の上のスケッチブックをこつこつ指で叩いた。いつも持ち歩いているが、手が塞がって邪魔にならぬよう長い紐をつけて肩に斜め掛けしている。絵筆類も同様で、腰のホルダーに何本かまとめて挿している。
「実はこっそり素描はしてるんだ。戦闘のときに何度か見たのを思い出して。……大丈夫、魔力を込めてのスケッチじゃないから動き出さないよ」
「見てもいいかい?」
「どーぞ」
 差し出されたページへと眼を落とし、エドガーは無言のまま改めて感嘆の息を吐いた。つくづく、この少女の天賦の才に揺るぎはない。
 燐光に包まれた、美しき異形。人の輪郭と獣の形姿、双方を融けあわせた妙なる生物。素描なので木炭でしか描かれていないが、躍動感の匂い立つ曲線がすばらしい。
 ……これを描きたくなるのは解る。そして実際、秀逸な出来だ。
 初めてこの姿のティナを見たときは、確かに衝撃を受けた。だがそれは、見知った人物が異なる姿に変化することへの、そしてその身に漲る絶大な力への純粋な驚愕だ。嫌悪や忌避といったものとはほど遠い。幻獣の気を宿した彼女に感じる雰囲気は、たとえ恐ろしさがあったとしても、それは大自然に感じる畏敬にこそ近い。
 ……しかし、あのけばけばしい狂人からは、一体何が感じ取れるというのだろう?
 礼を言ってスケッチブックを返し、エドガーは水筒を背嚢に収めつつ切り出した。
「俺は恐らく、仲間たちの中では比較的、芸術家という職業に接する機会がまだしも多かったほうなんだろうね」
「ま、そうだろうね。芸術にはなにしろパトロンが必要だし」
 リルムは両手の指を四角く組み合わせ、隣に座る美丈夫の姿を額縁に納めるかのように目の前にかざしてみせる。
「フィガロは機械の国だから、あたしみたいな人間はあんまり多くないと思うけど、歴代の王様の肖像画くらい残ってるでしょ?」
「ああ。それに、建築家を交えて客間の内装の打ち合わせをしたり、城の回廊に設える彫刻を発注したり――最低限そういった公務もこなしてきたよ。王族として交流のある著名人の中には、作曲家や俳優という肩書きのものもいた」
「そういうとこもね、今回リルムが色男を選んだ理由でもあるわけよ」
 腰のホルダーから懐紙に包まれた木炭をごそごそ取り出し、少女が返した。
「他の連中よりは目的を理解してもらいやすいかなーと思ってさ。どうせあの自称宝探し屋なんか、貴金属にはいくらか目が利いてもファインアートなんかさっぱりでしょ」
「カイエンはどうだい? 先日のオペレッタ公演では声を殺して大泣きしてたけど」
「ありゃ単に感動屋なだけだっつの。筋肉男に至っては、なあ、なんであいつら急に歌い出すんだ、なんて大声で尋ねてロビーにつまみ出されてたし」
「賭博師は女優にしか興味がないしな」
「他人のこと言えるのかよ、万年発情男」
「……ともあれ」
 調子を崩される前に本題に戻ろうと、青年王は咳払いをして改まった声を出した。
「そうやって個人的に、芸術に親しむ機会は幾度かあった。だからまあ……いわゆる名画と呼ばれるものの中には、病的な、不吉な、あるいは凄惨なモチーフを扱ったものも多いことは知っている。神話に範を取ったものなどは存外グロテスクだ。際立った個性の作品に触れてカタルシスを得ることも、芸術の役割のひとつなんだろう」
 瞳を伏せて、エドガーは続けた。
「それにしても、やはり俺は門外漢らしくてね。他の連中よりは理解があると買っていただけたのは恐縮だが、本質までは掴みきれてないらしい。……リルム、君はなぜ、あんな道化を描き残したいなんて思ったんだ?」
 聞かれた少女は、きょとんとして瞳を瞬かせた。
 なんでもないことを答える表情で口を開きかけ――だが次の瞬間、リルムは一言も発さぬまま背後へと振り返る。
 思わずエドガーも身構える。どうしたと声を掛けようとして、口を閉ざす。
 もはや彼も気付いた。これは慣れた感触だ。
 大気に混じる圧迫感。首の後ろがちりちりと寒い。微細な振動や生温い風にも似ているが、どちらでもない――人の神経を昂ぶらせる鬼気。妖物と対峙したとき肌身に感じるそれ。
 だが、常のものよりも遥かに強くて禍々しい。
「……ざわざわする」
 リルムが鳥肌の立つ身を抱いた。エドガーでも感じられるこの感触を、魔力への感応性が高い彼女はより鮮明に受け止めているらしい。物影から身体が出ないよう注意しつつ、そろそろと立ち上がる。地面に突き刺さっている階段の、鉄板の隙間に目をあてて南の方向を窺う。
「…………っ」
 息を飲む声を受け、エドガーも物音を立てずに立ち上がる。
 気配を殺し、別の隙間から同じ方向を見透かす。求めるものは遠目にあって大きくはなかったが、すぐ発見できた。

 ここから臨む南側の棟。細長くせり出した庇の上。
 暮れなずむ空を背景に、極彩の道化が立っている。

 風に巻かれてばさばさ膨らみ、またその痩躯にまとわりつく、紅や、黄や、青や桃色や紫。
 翻っては幾重にもたなびく、縞模様やまだら模様や派手な刺繍や房飾り。
 南国の鳥のような、毒を持つ虫のような、安物の駄菓子をぶちまけたような――この世の全ての色を塗りたくったような塔の主は、ただ茫として風に身を弄らせている。
 渦をなす色彩の中で、厚く白粉をほどこした横顔だけが生白く浮いていた。

 この距離からでも窺える、膨大な魔力の奔流。知らずのうちに王の背には汗が滲む。
 彼は魔導の少女のように意識を操られたことはなく、ドマの剣士のように近々に家族を奪われたわけでもない。だが、父の死にあの男が関与していたであろうことは想像に難くない。そもそもフィガロ城に火を掛けられたときの死傷者も皆無ではないのだ。いま挑んだところで勝てない、それは理解している。だがここで見せつけられる諸悪の根源には、気ばかりを急かされてならない。
 かさこそと隣で物音がする。横を見ればリルムが、スケッチブックのページをめくり紐を首にひっかけて角度を調整していた。素描の準備をしているらしい。
 そうだ。そのために来たのだった。しかし――エドガーは眉を顰める。先程の問いにまだ答えてもらっていない。君は何故、あんなものを描かねばならない?
 聞き覚えのある甲高い声が耳に忍びこむ。エドガーは慌てて覗き穴に眼をあてた。あの忌まわしい癪に障る声。
 賑々しい道化は、ひとりで笑いはじめていた。先程まで無我に突っ立っていたくせに、理由なく唐突にけたけたと笑いころげている。よく見れば、手には何か長いものを引きずっている。振り回されるたび赤黒い飛沫を撒き散らすそれは、どこかで屠った巨大な生物の尻尾であるらしい。
 真白につやめく尾羽の髪留め。ぞろりと垂らされた飾り帯。けたけた笑う顔のまわりで、とりどりの装飾がたゆたって手招きをする。色の渦に吸いこまれそうな感覚に陥って、エドガーは瞑目した。隣からはしゃりしゃりと木炭の擦れる音が聞こえる。リルムは既に集中しているようだった。一旦手を止めては対象に視線を注ぎ、またしゃりしゃりと。
 足を踏み鳴らして笑いこける道化は、昂ぶってきたのか、ついにその場でくるくる踊りはじめた。ただでも多すぎる色が弧を描いて入り乱れ、まるで万華鏡だなとエドガーは溜息をつく。狭い庇での足取りは危なっかしい。次第にふらふら先端のほうに近づいてゆく。何ならそのまま落下すればいいと思ったところで、急にすとんと腰を下ろす。
 垂らした両足を大きく振り、今度は調子はずれに歌い始める。子供そっくりに全身を左右に揺らしながら。
「Twinkle, twinkle, twinkle, twinkle, twinkle, twinkle――」
 星の美しさを謳いあげる、有名な童謡だった。だがいつまでも冒頭ばかりが繰り返され、次の歌詞に移らない。
 頭上を見れば確かに、陽の光は時とともに駆逐され、きらめく星が目立ちはじめていた。透明感を増す大気の向こうで、さやけき光はひっそり狂人の歌を受けとめている。浮かれに浮かれて、道化が歌う。血塗れの手を伸ばして喜色満面に。
 壊れたレコーダーのように繰り返される声を聴きながら、エドガーは覗き穴から眼を離した。鉄板にもたれて眉間を揉む。まともに付きあってはならない。あれは病んでいるのだ。
 ケフカが精神の均衡を失った理由については、断片的な情報しか得られていない。だがいかなる理由があろうとも止めねばならぬ相手には変わりない。破壊以外その行動にはさしたる一貫性すらないのだ。
 遠くかすかな歌声に合わせ、しゃりしゃりと素描の音が響く。芸術家という人種を、自分はおそらく一生理解できない。だがそれでいいのだろう。王笏を機械油で磨きながら育ってきた自分とは住む世界が違う。それだけのことだ。そう受け止めておけば済む話だ――
 数分も経っただろうか。ふと、歌声が止んだ。
 同じ場所ばかり繰り返してさすがに飽きたのかと思い、瞳を閉じて体力を温存していたエドガーは、そのままの姿勢で歌の続きを待つ。
 いつまで経っても何も聞こえない。
 長い沈黙を訝しんで、再び様子を窺う。庇の先端にぽつりと腰かけている色彩の塊は、先程までの狂乱ぶりは何処へやら、じっと微動だにせず空を見上げている。
 つられてエドガーも天を仰ぐ。気がつけば黄昏の風はやや強く、吹き寄せられた雲がいつのまにか頭上で厚みを増していた。いまや全天はほぼ雲っているといっていい。星の瞬きも、おぼろに霞んでかき消される寸前だ。
 突然、がくりと首を落としてケフカが俯いた。
 爪を紅く彩った手で頬を覆い、ふるふると頭を振る。その動作はどことなく魔法詠唱の動作にも似ており、エドガーはひやりとして一瞬オートボウガンの引金に指を掛ける。
 いや、違った。あれは、泣いているだけだ。

 ――泣いているだと?
 今、自分が見ているものの異常さに気付き、エドガーは眼を見開く。それは確かか? 真実なのか? 耳を澄ませば弱々しく捉えられる、子供じみたしゃくり上げの声。
 暴虐卑劣の限りを尽くし、道理も道義もなく恣に振舞い、享楽のためだけに血と臓物に指を入れて掻きまわし、その断末魔を嘲笑する男が。
 泣いている?
 意地の悪い雲が、星を隠してしまったからといって?

 じわじわと理解が進むたび、説明し難い不快さが、胸中で沸騰してゆく。
 眩暈に似た感覚を覚える。耐えきれぬ怒りか、憤りか、とにかく突き上げてくる胸糞の悪さに、痛いほど拳を握りしめる。泣いている――泣いているだと――ふざけるな!
 泣く資格だけは、与えられぬ男のはずだ。驕慢と嗜虐で構成された狂人のはずだ。破壊衝動の権化、膨れた自尊心の塊。なのに、そんな純粋でかよわい理由で、泣いているだと?
 そんなことは許されない。あれはもっと、憎悪や唾棄に相応しいものであるべきだ。殺意と怨恨のみを抱かれる存在であるべきなのだ。彼がどんな過去を持っているかは知らない。ただ、今はそうでなくてはならない。でなければ、あれに鼻歌交じりで親を焼き殺された子供たちが、あれが使役する獣に子供らを遊び殺された親たちが救われない。
 それを、星が隠れたからなどという理由で――いや、それとも蔑めばいいのか? 幼稚な哀惜を嘲り、見下してやればいいのか? そうしたほうが気が済むだろうか? 解らない。あの存在を、どう受け止めていいのか解らない。落ち着かない。落ち着かないことが一番不安だ。あの存在に、何かの役を与えて落ち着けてしまいたい。でないと――

 思わず助けを求めるように、エドガーはリルムを見た。
 驚いたことに、少女は欠片も動じていなかった。しゃりしゃり、しゃりしゃりと軌跡を走らせる横顔は静謐で、さしたる動揺は窺えない。
 いや、むしろ陶酔していないか。恍惚としては、いないだろうか。エドガーは動悸が早くなるのを覚えた。リルムのこんな表情を今まで見たことがない。絵師としての彼女の内にある、秘められた深淵。自分だけが目の当たりにしている、見てはいけない何か。
 焦燥とともに背徳感が、心臓をぞくりと締め上げる。あるいは自分こそが忘我しているのだろうか? 描き耽るリルムの白い頬に、視線を惹きつけられてならない。彼女の横顔に感じた、正体の解らぬ、強烈な引力をすんでのところで振りはらって思う――駄目だ、描かせてはならない。止めなくてはならない。
 少女の筆致を制止すべく震える手を伸ばす。耳にはまだかすかに、道化の漏らす啜り泣きが届いている。だが啜り泣きはいつしか、くつくつ陰険な含み笑いへ変わっていく。やがてひゃひゃひゃと耳障りな哄笑と化し、今やげたげたと騒々しい高笑いに成り果てており――
「……エドガー!」
 不意に発された相手の声に、びくりと鞭打たれて我に返った。
 リルムの表情を見てすべてを理解し、急いで鉄板の覗き穴に取りつく。肌に伝わってくる戦きからも警告の正体は予測できた。
 身をよじって笑い狂い、痙攣しているケフカの挙げられた指の先に。
 とてつもなく巨大な閃光の輪が、いくつも浮いている。
 恐らくは超高温の、青白く輪転する大容量の放電帯。きゅんきゅんと甲高すぎて聞き取りにくい唸り声に混じり、ばぢ、ばぢぢ、と有機的な音がする。空気中の不純物が巻き上げられて熱量に触れ、一瞬にして蒸発する音だ。
 涙をぼろぼろ零しながら、呵々と笑いたける視線の先には、瓦礫の山の一群がある。位置はおよそ向こうとこちらの中間地点だ。自棄か、腹いせか、それとも彼らしく理由なき破壊か、ともあれ攻撃の矛先がそれに向けられているのは明白だった。
 エドガーは歯噛みする。気が付かなかった。混乱に首根を掴まれていたのだ。リルムの方がまだしも冷静だった。ケフカ本人は、自分の術の衝撃など軽く耐えられるのだろう。だがその余波を受けた、この周辺一帯はどうなる? あの規模の高エネルギー体がこの距離で炸裂したら、自分たちはどうなる?
 思考する間は与えられなかった。高圧の力が弾け、視界が真白の光に染められた。
 次の一瞬で出来ることは、ひとつしかなかった。

 エドガーは咄嗟に、自分の腕の中にリルムを抱き込んだ。
 そのまま、身を丸めて縮こまった。
 轟音、風圧、強烈な震動。周囲が地形ごと崩れてゆく一瞬の浮遊感。土砂と瓦礫の流れに呑みこまれ、引きずりこまれて天地の別がなくなる。
 なすすべもなく振り回され、揉みくちゃに揺さぶられる。肩や背に感じる衝撃、何かが焦げる嫌な臭い。眼も開けられず、自己位置も把握できず、何がどうなっているのか解らない。ただその中で、腕の中の少女だけは決して離さない。
 怒涛の中の障害物にさんざん小突き回される。頭をしたたかに打ちつけられ、歯を食いしばるも気が遠くなるのには抗えない。腕にだけはしっかりと力を込めているが、これ以上意識を保てそうにない。脳裏が白濁し、感覚が痺れて薄れてゆく。
 全てが遠くなりゆく中で、彼は、あの忌々しい高笑いを聞いた気がした。









 ――酔ったカイエンが一度だけ語ってくれた、東国の故事がある。

 ――ある国に高名な絵師がいた。腕は確かだったが、彼にはひとつの大きな欠点があった。眼で実際に見たものしか描くことができないのだ。
 ――そんな彼が、『地獄』の絵を依頼されたからたまらない。弟子を鎖で縛りあげ、猛禽に人を襲わせ、あれこれの悲惨な情景を仮に再現しては描くが、どうしてもひとつ描けないものがある。燃え上がる車の中で焼け死ぬ女の姿だ。本物を見ないとどうしようもない。
 ――あるとき上司に呼び出された彼は、その屋敷で車に閉じ込められたわが娘を見る。
 ――車に火がかけられる。娘が焼け焦がれ、悲鳴をあげて悶え苦しみ、やがて息絶える姿を、父親はごく厳かな表情で見守る。
 ――絵師は家へと戻り、壮絶なまでにみごとな地獄の絵図を完成させる。
 ――数日後、絵師は、自分の部屋で首を、









「…………苦しいよ、色男」
 かすかな声に呼び覚まされ、ゆるゆると意識が覚醒した。

 まず知覚したのは、相手の体温だった。次に目が映したものは、小柄な薄い肩。耳が捉えたものは、けほけほと小さく咳き込む声。
 それら全てで、自分の感覚器が壊れていないことをぼんやりと知る。
 朦朧としたまま、エドガーは顔を上げた。回らぬ頭で、一つづつ事象を再確認する。――今いる場所は、瓦礫の塔であること。時刻は、どうやら日没のしばらく後であること。何が起きたかといえば、道化の遊びに巻き込まれたということ。
 そして、まだ生きていること。自分も、彼女も。

 周囲を見れば彼らの身体は、土砂や瓦礫とともに、どこかの家の残骸らしい崩れかけた壁囲いの中に流れついていた。リルムを抱きしめたまま、壁に寄りかかる体勢になっている。下半身と背中は半ば砂に埋もれていた。頭まで埋まらなかったのは幸いといえるだろう。窒息死は、あまり嬉しくない。
「……苦しい、ってば」
 腕の中でリルムが身じろぐ。まだ曖昧な心持ちのまま、ああ、ごめん、とエドガーは漸く腕を緩める。無意識のうちにも離すまいとしてきつく抱きすくめていたらしい。
 リルムはふうと息をついたが、腕の中から出ていくことはしなかった。そのままの姿勢で、じっと薄暗くなった辺りの様子を探っている。ケフカの気配はもう感じられないが、他の妖物がいないかどうか確かめているのだろう。不用意に動かないほうが賢い。
 自分から離れてゆかない体温に、なぜか心の底から安堵して、エドガーは少女のくせのある髪を収めた帽子にそっと顔を埋めた。
 どうやら周囲に、不穏な生物は存在しないようだった。リルムがもう一度、今度は長く長く気の抜けた溜息をつき、そして急いで背後へと振り向く。
「……色男、大丈夫? 怪我はない?」
「大きなものは、な」
 上体を起こし、首や手指を動かして確かめながらエドガーが返した。正直なことをいえば、肩や背のあちこちでは打撲の鈍痛が蠢いている。身体じゅう擦り傷だらけで、頭もまだ芯の部分がずきずきと痛い。
 だが、いずれも一過性のものだと判断できた。日頃から身体を鍛えている成果でもあるが、とにかく幸運の女神はこちらに味方してくれたようだ。
「リルムこそ、痛いところはないか?」
「あたしは平気。……ごめん、庇ってもらって」
「いえいえ、盾役とはそのために居りますれば」
 リルムは機敏に立ち上がり、エドガーが立ち上がるのにも手を貸してから、全身の砂をはたき落としはじめた。エドガーは身に着けていた小ぶりの背嚢の存在を思い出し、下ろして中を確認する。
 手元が薄暗いせいでよく見えないが、内部は酷い有様だった。種類別にまとめておいた小物は好き勝手に混ざり合い、いくつかの瓶は割れている。しかし何本かは無事に残っていた。本数を数えてみたが、これからの帰路で使う分くらいは間に合いそうだ。
 ふと顔を上げる。リルムはじっと、自分のスケッチブックの表紙に目を落としていた。
 エドガーは、喉が詰まる感覚を覚えた。そんな感情を覚えなければならない理由はないはずだが、何故だか気まずいような気分でそれとなく尋ねる。
「……で、あいつの絵は描けたかい」
「ん、大体ね」
 リルムもどこか所在なげに、スケッチブックをやたらと撫で回して応えた。
「何種類かのポーズが習作できたよ。とりあえず満足できたかな。キャンバスにきちんと描くかどうかは、まだ解んないけど」
 エドガーはじっと、少女の手の内の茶色い厚紙の表紙に視線を注ぐ。見せて欲しいような、決して見てはいけないような、両極の思いが交差する。
「……あいつの絵ともなると、不用意には人に見せられないと思うんだが……」
 もう一度、背嚢の中を覗きこみ、品物を識別するふりをしながら続ける。
「そこのところは、どうするのかな?」
「どうもしないよ。自分で描きたかっただけだから」
 絵師は愛用の帽子を取り、髪の間に入りこんだ小石をぱらぱら落とした。
「そりゃ基本的には、描いた絵は誰かに見てもらいたいって思ってるけどさ。特定の誰かに捧げる絵もあるし。……でも、誰にも見せないけど、描いておきたい絵っていうのもあるんだよ」

 手を動かしながら、エドガーは迷っていた。
 ある事実を、彼女に告げるべきかどうか。
 ケフカがあの場所に現れることを教えてくれた、元信者の男の顛末について。

 狂信者の塔から一緒に逃げてきた例の男を、妻子の待つ家まで送り届けた数日後。エドガーは所用のためひとりで同じ街を再訪していた。
 男の家の前を、通り過ぎるときに見たものは、黒衣の葬列者だ。
 驚いて、中に入ろうとしていた1人を呼び止めて話を聞く。なんでもあれからすぐ後、男は妻と子供を刃物で刺し殺して己も自害したらしい。遺書や書き置きは残されてはいなかった。ただ、犯行の当夜、家の中から悲鳴じみた叫声を聞いた者はいたそうだ。
 妻の悲鳴ではない。子供のものでもない。
 男自身による、たったいま悪夢から飛び起きたような、恐怖に泣き叫ぶ声を。

 その出来事を知ってから数日間、エドガーは、ストラゴスから眼を離さなかった。
 もっとも、若い頃は世界中を駆け巡ったという古老にその心配は必要なかったようだ。そもそも彼は孫娘が死んだと思いこんで自失していたのであり、誤解さえ解ければ再び心が闇へと立ち返る理由はない。妻子の待つ家があったにも関わらず、闇に喚ばれて狂信者になってしまったあの男とは状況が違う。
 あの男自身に罪はない。だが彼の心に空隙があったゆえの悲劇だ。特に自分たちが危惧すべきケースではない。そう思っていた。しかし――

「リルム」
 地面に膝をついたまま、エドガーは口を開いた。
 振り向いた少女の顔を正面から見ることはできず、彼という男にしては珍しいことに、俯いたままものを言う。
「説教じみたことを言うのは、あまり俺らしくないし、言うつもりもなかったんだが」
 表現の選択に困りつつも最後まで言い切る。
「……ああいうものを描くのは、控えたほうがいい」
 リルムは沈黙した。
 下を向き、爪先で軽くざりざりと砂を蹴る。
「……控えるのは控える。けど、ごめん、やめられはしないかも」
 相手の返答は、ある程度は予測できたものだった。
「ああいうのに深入りしちゃいけないんだろうね。描いてみて改めて解った。でも、一度だけ描いてみたかったの。絵筆以外の方法で、あいつに触ったりはしないから大丈夫。そこは弁えてるつもり……」
 エドガーは薄く苦笑した。リルムならそう言うと思ったのだ。自分に言われたくらいで描きたいモチーフを諦めるようでは、彼女はこの歳で天才的な表現者たりえない。
 出かける前にも同じことを思ったが、色々と身につまされた今となっては、違う意味で思う――芸術家の魂とは、どうやらまったく難儀なものらしい。
「じゃあ約束してくれ。もし、またああいうものを描きたくなったら、俺に言うこと」
「色男に?」
 なんだよ、許可制かよ、と小首を傾げてリルムが笑う。
「別にいいけどさ。他の大人じゃなくて、色男に言うの?」
「俺にだ」
 断言してしまった後で、エドガーはなぜこのように限定しているのだろうと自分自身おぼつかなく考える。あまりに若いこの才能の行く末を案じるだけなら、お目付け役は自分ではなくとも他の大人で構わないはずだ。本来ならストラゴスがその役目だし、それこそシャドウあたりに任せてもいい。
 だがこれは、自分でなければならない。
 なぜか強く、確信した。

 そろそろ行こうか、と言ってリルムが帽子を被りなおす。
 エドガーも立ち上がり、膝の砂を払う。
 宵闇の中、今度は下り坂となる帰路を歩み出す。先導する小さな絵師の、明るい金色をした後ろ髪がふわふわ揺れている。夜目には仄白いその色を見やり、エドガーはつと眼を細める。

 危ういものを描く、彼女の表情。そこには別種の危うさも共存していた。断崖絶壁に咲く花ほど美しく見えるのと同じ理由か――もっと単純で生々しい理由か。
 あれを見守っているのは、自分でなければならない。仲間たちに配慮しているわけではない、個人的な問題だ。深淵を覗く白い相貌、あんな表情を知っているのは自分だけでいい。誰にも見せたくはない。闇に堕ちぬよう小さな手を掴んでいるのは、誰よりも近くでひっそり少女の恍惚を見つめているのは、自分ひとりでなければならない。何故なら、
 何故?
 エドガーは瞬間、自身の強い欲求に戸惑って口元に手を当てる。
 ……何故、というつもりだ?

 浮上しかけた理由は、模糊としてはっきりしない。掴もうとしても指をすり抜けてしまう。ただ、見知らぬその匂いの、思いがけぬ甘さに自身で慄然とする。
 甘すぎるそれは、人には打ち明けられぬ何かに似ていた。


 囚われているのは。
 誰が、誰にだ。


 ……見上げれば夜の曇天は、暗紫の色に霞んで重い。
 唐突に訪れた感覚を持てあまし、エドガーは呼吸を整えて頭を振る。そして今はともかく眼前の道に専念することにした。
 濃さを増してゆく夜の帳に、彼女の姿を隠されてしまわないよう心がけながら。



Fin.








もし私があの世界に住む絵描きだったら、一度でいいからケフカを描きたいと思っただろうなと。
ケフカは2人のキューピッド? こころあるてんし?

2011/06/26