大した理由はなく、ただその日、彼女は拒んだ。
 そして彼はその日、これも大した理由はなく、拒まれたくなかった。

 それだけのすれ違いが、自分たちにとっては常に、眉間に押し当てた銃口の引き金なのだと――まだ認識できなかった。



「……殺してやる」
 荒い息を縫って吐かれた呪詛が耳に届く。
 腕を背中に捩じ上げられ、尻を高く突き出すように這わされて、女はもうずっと後ろから貫かれている。
「殺し、て……や」
 白い尻に男の手が伸びる。骨ばった指が柔肉に食いこむ。
 ぐんと強引に引き寄せ、さらに深々と根元まで咥えこませる。
「ひ……!」
 逃げようとする腰を掴んで揺さぶり、熱く爛れた肉の壺を強引に掻きまわす。
 無理に広げられた、狭くてざらざらした内襞が、卑猥な音を立ててこすりあげられる。
「っい、ひぃ、ぃ」
 敏感すぎる部分をことさら苛まれ、女の内側は吸いつくようなぬめりを増す。
 うねる肢体の背中越しに、前に回された男の腕が揺れる乳房を鷲掴む。持ち上げるように揉みしだき、押し潰し、そうしながら中心の突起を指で摘まみ、軽くねじりながら爪の先でいじりまわす。
 律動に合わせて、交わりの隙間から、泡立った蜜が溢れて白い腿をつたう。

 震える声帯はもはや言葉を形成しない。
 慣らされた肢体は熱に浮かされ、不規則に痙攣して言うことを聞かない。
 それでも女は唇を噛み、息を詰め、それがよすがであるかのように譫言を繰り返す。
「ころ、……っやる、……ろして、や、っ……」


 今更に何を言う。
 最初から解っていることだ。
 私に無理に嬲られることが、おまえの中で何かを意味するとでも?

 この上なく憎い相手なら何をされたところでそれ以上は憎めない。


 ぐぷんと音を立てて、女の胎内から男自身が引き抜かれる。
「っく……!」
 付け根よりもやや太さを増す末端が、入り口に引っかかってくぐり抜ける感触に、女は喘ぎを押し殺す。
 前のめりにシーツに崩折れる。ままならぬ呼吸と、常ならぬ熱さに火照った肢体から、汗と体液の匂いが生々しく漂う。
 乱れた呼吸をととのえる暇も与えず、男は女の肩を掴んで仰向けに反転させる。片方の足首を高く持ち上げ、自分の肩に乗せる。
 目の前に女の部分が大きく開く。
 掠れた否定の声も、力の籠もらぬ抗いも、男は意に介さない。顔を近づけ、なめらかな内腿を甘噛みする。
 びくりと揺れた腰を押さえつけて、徐々に内側へと舌先を進める。先程まで弄ばれていた部分は、それだけのことで簡単にほころんでひくひくと蠢く。
「やめ……っ」
 制止の言葉も間に合わず、花芯からこぼれた蜜を大きく舐めとられて女がのけぞる。
 ねばつきを拭い去るように長い舌が纏わりつく。折り重なった襞に潜りこみ、柔らかさを掘り返すような動きで音を立てて舐めあげる。
 あまつさえいきなり強く吸い上げる。
「ぁ、や、ふアぁ!」
 灼熱の痺れに胎内の奥を突き刺され、軽く達しかけて女はびくびくと痙攣する。
 男は顔をあげ、横を向き、目の前にある白い脛にも口づける。ちろちろと舌が這うたび、足指が反り返って震え、女の中心はしとどに濡れあふれる。
 男は自身を熱の中央にあてがい、ちゅぐちゅぐと擦りつける。いたぶるようにゆっくり体重をかけて浅く広げ、すぐに身を引く。同じ動作を繰り返す。何度も繰り返す。執拗な反復に、触れた部分が糸を引きはじめる。
 力づくに組み敷かれたまま、意に反する疼きを無理やり引きずり出され、女の呻きにやがて涙声が混じる。その声を男は背徳の想いと、それが産む澱んだ快楽で愉しむ。
 やがて男はじわじわと腰を割り進めていく。
 熱い襞のひとつひとつが、小さな舌のように男のかたちをなぞり、淫猥に舐めまわす感触を、誰よりも明確に彼女自身が自覚する。
「いぃ……やぁ……!」
 必死で腕を突っぱねる白い肢体にのしかかり、一気に根元まで突きこむ。
 断末魔にも似た甲高い声とは裏腹に、媚肉は淫らにひくつき、搾りとるように男のものをきゅうきゅうと食む。
 男は白い乳房に唇を寄せる。行き場の無い女の腕が、相手の肩に爪を立てる。
 固く立ち上がる薄紅色の突起を舌でねぶり転がす。唾液にぬらぬらと光るそこに軽く歯を立て、くん、と引っ張る。
「っは!」
 喘ぎの語尾が跳ね上がり、女の部分がぎちりと男を締めつける。
 男は女を固定するように抱きすくめ、むさぼるように蹂躙する。ねじ込み、穿ち、突き立てる。ひきつった嬌声が跳ねるのにも構わず、狭い穴を削りこむように力任せに掻きまわす。
 獣のように腰を打ちつける。ずちゅずちゅと濡れた猥音が部屋に響く。彼女にも聞こえるらしく、必死にかぶりを振るが、余計に潤いを増して音は高くなる。
「ん、んぅ、ひぁ、あぁぁアア」
 律動に合わせて漏れる、淫楽にまみれた自分の声に羞恥を駆り立てられ、女の内部がねっとりと熱さを増す。
 男は、貫かれるたび震えて宙を掻く、華奢な足首をぐいと掴んで左右に開く。喰みあう互いの部分がより深く繋がり、限界まで咥えこまされる。
 卑猥な姿勢を拒もうとしても、女の身体は甘い震えに舐めまわされてままならない。為す術もなくそのまま荒く突き上げられる。
 このうえ激しさを増す交わりに、女のいりぐちはぎちぎちと裂けそうに拡張され、圧力に応じていやらしく締め縮む。
 相手の髪が肌をすべる感触が快感を煽る。男にきつく抱きこまれ、豊かな乳房が身体の間で切なげにつぶれる。結合部の花弁はめくれてぐしゅぐしゅ飛沫を散らす。
 痛いほど疼く最奥に、怒張の先端を叩きつけられ、押し当てたままぐりぐりとえぐって犯しぬかれる。
 弓なりに反らされた全身が総毛立ち、暗い悦びが背筋を這いのぼって臨界が近づく。


 瞬間、細い指が男の喉にからみ、利かぬ腕に渾身の力を込めて締め上げた。


 殺してやる殺してやる殺してやる。
 重く熱く白濁する意識の中で自分の声がうるさく跳ね返る。
 殺してやる殺してやる殺してやる。
 繰り返されすぎた言葉は終いには音だけ残して意味不明になる。

 ……、



 きつく締めていた両手が、嬌楽に溶け、震える指先だけを残して緩んでいく。
 熱い泥濘に精を迸らせる甘さに身を委ねながら、男はそれを、残念に思った。



Fin.












後奏曲/


 無意識の海からふと浮上する。
 ぼんやりと霞がかる気怠い脳裏に、手足を投げ出してベッドにぐったりと沈みこむ、自分の姿を知覚する。
 半ば気を失うように眠っていたらしい。
 声を上げさせられすぎて、喉がからからに乾いて辛い。
 だが起き上がる気力もない。

 諦めて再び微睡みかけたとき、暗闇から予期せぬくちづけが降りた。
 朦朧としたまま、かさつく唇が潤ってゆくのを感じる。
 男の口腔内から流れ落ちる冷たさを、水だと理解する前に、身体がそれを夢中で貪った。
 口の端から溢れるのにも構わず、縋るように求め、こくこくと嚥下する。細胞のひとつひとつに浸透してゆく感覚が、気を失いそうに心地よかった。

 二度、三度とそれが続く。
 喉のひりつきが収まったころ、ザトーは頭を上げた。空になったコップをベッド脇の机に置き、シーツに滑りこむ。
 隣に横たわる彼女に腕を軽くかけて、眠ってしまう。

 瞳から流れ落ちるものを、むしろ自分で滑稽に思いながら――ミリアはじっと眠りの神の到来を待ち続けた。