血と泥にまみれた剣を払う。やっと終わった。
 肩で息をしながら舌打ちする。雑魚どもが手こずらせやがって。
 ただでもこの森は鬱陶しいってのに。
 ラムザが声をかける。早く行こう、暗くならないうちに野営の準備をしておきたい。
 オレは言う。先に行っとけ、お前らで始めろ。
 ブーツの中が泥まみれで、歩きにくくて仕方ねえ。ひよっこどもに率先して、湿地に腿まで浸かってやったんだ。
 オレの分の飯くらい、あいつらに用意させていいだろう。

 忌々しい泥をかき出して、乾いた布を詰めておく。
 身体の熱さをもてあまし、足を投げて座りこむ。
 戦いのあとの高揚感で、頭の中まで火照っている。夕暮れの森の風が心地いい。
「……ガフガリオン」
 振り向いて、少し息を飲んだ。
 驚いたわけじゃあ無い。
「……なンだ、聖騎士殿」
 アグリアス・オークス。気がつかなかった、まだ行ってなかったのか。
「……おまえが座っているものは、何だ」
「ああ?」
 そういうおまえこそ、戦のあとだからって、なんて姿だ。
 いつもきっちり編まれていた髪が、そんなに乱れて。
 血と泥で汚れた服が、身体の線をあらわにして。
「これが、何だってンだ」
「ふざけるな」
 やや上気した白い頬。汗ばんだ肌。
「敵とは言え……人の屍に、腰掛ける奴があるか!」
 睨みつける、疲労に潤んだ瞳。
 オレの鼓動はまだ早い。それとなく視線をそらす。
「そんなことか」
「そんなこととは何だ!」
 そう言って、ずいと一歩進み出る。オレは思わず、自分までの距離を推し量る。
「……やめとけ」
「何?」
「行っちまえ、さっさと」
 迂闊なことをするな。それ以上近づくな。
 まだ熱が残っているじゃねえか。オレも、お前も。
「貴様…」
 さらに一歩、進み出る。
 ふ、と匂いが鼻をつく。

 汗と、血と、泥に入り混じる、
 生々しいまでの甘さ。

 耳の奥でおかしな音が鳴る。目の前が白くなる。
 女の腕を掴み、草の上に勢いよく引き倒す。
 騒々しい音をたてて、鎧同士がぶつかり合う。
 驚いて口もきけない様子だな。
 だがオレは忠告した。迂闊なお前が悪い。
「……な」
 開きかけた唇を、貪るように吸って黙らせる。
 一瞬の沈黙の後、跳ね上がるような勢いで暴れ出す。
 のしかかって、がっちりと肩を押さえつける。
「大人しくできンのか?」
 必死でオレの下でもがく。距離が近い、いい眺めだ。
「……何をする……!!」
 ああ、そんなものすごい眼で睨むな。ますます疼く。
「いい機会だから、覚えとけ」
 耳元でささやくと、面白いように身を震わせる。
「戦のあとで、気が立ってる男のそばに」
 身体をまさぐって下履きの腰紐を探す。
「そんなに、いーい匂いさせて、近づくもンじゃねえよ」
 しゅ、と紐を解く。その感覚が伝わったのか、さらに身をよじって暴れる。
「離せ……!!」
 嫌悪や恐怖というよりは、混乱しきっている。
 まったく面倒くせえ。顔を寄せて、正面から見すえて言う。
「餓鬼じゃねえンだ。力抜いとけ」
「何を、勝手に……!」
「黙ってろ」
「嫌だ!!」
 大きく息を吐いて、金髪の頭をかき抱く。
「……頼むから」
 我ながらおかしな言葉が出る。
 なンだ、この、やたらと必死な響きは。
「……おとなしく、任せろ」
 女がオレを見上げる。
 大きな瞳がせわしなく動く。少し肩が震える。
 息を整えながら、やがて、ぎゅっと眼を閉じる。
 熱い。オレもお前も、どうしようもない熱さだ。

 一気に下履きを引きおろす。
 足を開かせて、必要な部分だけをさらけ出させる。他の服や鎧は着けたままだ。
 羞恥で顔も上げられない。可愛いもんだ。
 わざと濡れた音を立てて、指で慣らす。必死で声を殺してやがる。
「どうした」
 意地悪く聞く。荒い息しか返ってこない。
 襟元をはだけて、首筋を舐めあげながら、指を曲げて激しく掻きまわす。
 堪えきれずに、すすり泣くような吐息が、きつく結ばれた唇から漏れはじめる。
「我慢すンな」
 指を抜くのももどかしく、自分のものをあてがう。
「我慢すンな。……考えるな」
 あてがったまま、入り口にこすりつける。
 涙目になって首を振るのに構わず、ゆっくりとわけ入る。
「ん……ん!」
 先端を押しこんだところで、意外と細い腰を抱えこむ。
 根元まで、一気に突き入れる。
「!!!……」
 そのまま揺さぶられ、貫かれて、白い喉がのけぞる。
 狭く熱い部分が、ぎっちりと咥えこんで、動くたびにこすりあげられる。
「……死体の、隣で、」
 オレの声もうわずっている。
「血の匂いに、まみれて、」
 動きに合わせて、がしゃがしゃと鎧がぶつかる。
「泥だらけで、着衣のまま、犯されるのは、」
 オレの首に必死でしがみつく。喉のつまったような小さな喘ぎ。
「そンなに……いいか?」

 腕の中で、びくびくと、女が痙攣する。
 合わせてオレも果てた。


 は、は、と荒い息をついて、重なったままぐったりと横たわる。
 息が整ってくると、なんとはなしに笑いがこみあげる。喉の奥でくつくつ笑う。
 何してやがンだ、オレは。
「……何がおかしい」
 弱々しい声で聞かれた。
「いや」
 汗でへばりついた金髪をかきあげてやる。
「いい歳をして、小娘の匂いにサカるたあ思わなくてな」
「……今更……!」
 オレを押しのけようとしたが、その手を払いのけて、もう一度、強引に舌を吸う。
 真っ赤になって身をすくめるのを見届けてから、解放してやった。
「もっと気をもたせてからのほうが、楽しめたかも知れンのになあ」
「どの口がそれを言う」
 気丈に言い返しながら、急いで衣服を引き寄せる様子がかわいらしい。
 それを横目で見ながら、オレはこっそり重苦しさを息にして吐き出す。
 全く、何してやがる。こいつを抱いて、それでどうなる。
 ……お互いに、仕事を変える気は、さらさら無いだろうが?
「私は」
 疲れ果てた声が、ぼそぼそと呟く。
「私は、おまえに合わせてやっただけだ。……この……ことは、私の意志ではない」
「で?」
「……他言無用に願う」
 思わず笑いだしそうになる。真面目すぎるのも考えものだ。
 そんなこといちいち念を押すから、苛めてやりたくなるということに、まるで気づいてねえ。
「……猥談のついでに、口が滑るかもなあ…」
「貴様!」
「冗談だ」
 にやにや笑うオレを睨みつけながら、居住まいを正し、なおも口を開く。
「それと……こうなったからには、それなりの代償を支払ってもらうぞ」
 ほう。
「なンだ? 責任取ってよね、ってか?」
「その通りだ」
 からかったつもりが、さらりと返された。
 思わず顔を見直す。
 オレは、どんな表情をしていただろう。

 だが白い指先は、まっすぐ地面を指差した。
 そこには、さっきまで腰掛けていた屍がある。
「責任を取って、今日はすなおに、私の言うことを聞いてもらう。……死者を弔うのを手伝え」


 今度こそ、オレは苦笑した。



Fin.










ORDEAL(オーディアル)は試練の意。

2003/05/20