(一八六二年、国史編纂にあたって某地で採集・のちに棄稿された口伝書き起こし) 有りや無しやのその昔、この国には巨大な竜がいた。 竜の守護によって国は栄えていた。 人に屈せぬその竜は、隷属ではなく、王との契約によって棲息していた。 竜は守護の見返りとして『物語』を要求した。 書物に記されている物語ではなく、王自身の人生を賭しての『物語』を要求した。 それが面白ければ、国を守ってやる、と竜は誓った。 度重なる異民族の侵略に、小国の人々は疲弊しきっていた。 女王は内気な娘だったが、自分を殺し、民のために冷酷な王として生きる道を選んだ。 竜はその悲劇を『物語』として楽しみ、女王の命ずるまま蛮族どもを追い払った。 次の年は大雨だった。河が氾濫して堰が崩れ、多くの村が濁流に呑まれた。 女王は民を救うため、幸福な婚約を交わしていたはずの恋人を、わざと手酷くはねつけた。 竜はその悲劇を『物語』として喜び、女王の意のまま泥水を飲み、堰を塞ぎ、貯水池を掘った。 次の年は凶作だった。実らぬ畑に国中が飢え、幼子がばたばたと死に賊が横行した。 女王は民を思うあまり、自らの母を手にかけた。 竜はその悲劇を『物語』として味わい、他国を襲って穀物を奪い、家畜を追って連れてきた。 問題は毎年のように起こり、女王はそのたび『物語』をあつらえた。 次の年には妹を。次の年には恩師を。乳母を、忠臣を、友人を、元恋人を。 女王は年々、手にかけた。 竜はそのつど『物語』を受け取り、望みを叶えた。 ある年、またも異国の軍が間近に迫り、国境を侵し始めた。 『物語』を創りだす相手をもはや持たぬ女王は、自らの命を絶ち、その悲劇を竜に捧げた。 竜は高笑いしながら、女王の遺骸に語りかけた。 「なるほど、■■■■■■■■■■■■■■■■■■」 (以下数文字分、原本より切り取られて紛失) ……夜が明け、逃げこんでいた森の中から這い出た人々は、 うず高く積み上げられた侵略者たちの屍を見た。 それきり竜の行方を知るものはない。 2010/09/16 初版 (完成した掌編として発表) 2011/10/16 改定 (続きを書くにあたり一部を改変) |