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(2015/08/14発行の冊子版まえがき要約)
『ローカルシティクエスト』6.5をお届けします。今後のエピソードに続くさわりの部分です。
中身は暫定的なものとしてお考えください。正式な新刊が出たさいには細かい部分が変えられている可能性があります。
私はもともと暗い話好きですが、このシリーズも不穏な雰囲気となってまいりました。1巻執筆当時はここまでになるとは想定してなかったです。明るい展開にはならんという覚悟はありましたけど。
楽しんでいただければ幸いです。




SIDE : 『DESTINY』

「ご趣味は……とか、お伺いしたほうがいいですか?」
 眼鏡の男が冗談めかして言った。
 洗練された内装をもの珍しく見回していた時乃は慌てて、テーブルの向かいに座る相手に向き直る。おろしたての余所行きのワンピースはかわいいけれど身頃がきつい。背筋を伸ばして座らないと生地の引きつりが気になる。
「……お茶とお花です、なんて答えればいいのかな? やってたことはやってたけど、かなり前にやめちゃったから何も憶えてないよ」
 苦笑して時乃は返した。今日初めて会った、ということになっている相手に対して使う口調ではない。でも親族たちは出ていったから、もう気を遣う必要はないだろう。
『囚われの姫君』紺田時乃と、『魔王の部下』軸義人は、ブロッケンホテルに四つあるレストランのうち、最上階に位置する個室式の一店にふたりきりで座っていた。親同士に引き合わされた若い男女、という態で。

 そんな大袈裟なものじゃないのよ、一度会ってみるだけ、と母が猫撫で声を出す。聞きながら時乃はついに来たなと心中で肩をすくめた。
 一か月前、話があると両親に呼ばれた時乃は、ブロッケンホテルのご子息と会って食事がてらお話をしてみないかと遠回しに頼まれた。なに、ちょっとした家同士の挨拶だ、同業者どうし良いコネクションをつくりたい。聞けばあちらの息子さんはおまえと同い年だという。お近づきになれば互いに学ぶ部分もあるはずだ――言葉の内容はそれらしかったが、既に当人から根回しの情報を聞いている時乃は、その事実は隠したままわざと言いにくそうな表情をつくって尋ねた。
「ひょっとしてそれ、お見合いみたいなもの?」
 いやいや、急にそう捉えなくても、と両親は少し慌ててとりなす。もちろん仲良くなるならそれが一番だけど……と目配せしあってつけ加える言い回しは実にぎこちない。
 時乃の父はあまり柔軟性のある性格ではない。再生が見込めない稼業に執着しているのもそうだし、自分に優しいからというだけの理由で、なにかと問題の多い次男の帰一を後継者に決めて可愛がっているのもそうだ。ただし、だからといって長女である時乃への態度があからさまに圧力的なわけではなかった。帰一を立てて助けてやれ、とたびたび言い聞かされるのが圧力的といえばそうなるが――そういうときはいつも、無理強いして拗ねられるのも困る、と口調に気を遣っている様子がありありと感じられた。
「先方はすでに、お話はしてみたいとおっしゃってくださっている。軸家のご両親のほうじゃなくて息子さん自らがだぞ」
 さてどうするか、と思案を巡らせていた時乃は、それを聞いてぴんと来た。いかにも気の乗らなさそうな表情と渋る口調をつくってこう返す。
「向こうがそう言うなら体裁上、会うだけ会ってもいいけど、変な期待はしないでよ。相手のあることだし」
 そうかそうか、と破顔する両親の前で、時乃はこっそり溜息をつく。軸家の息子が自分と話したいと言った、それはつまり、両親たちには内緒で今後の打ち合わせをしたいという合図を送ってきたにすぎない。自分たちの抱えている秘密をいかにして守っていくか、その打ち合わせの。

「案の定この日がきた、といったところですかねえ」
「本当はぜんぶ知られてるなんて知ったら、どんな顔をするだろうね、うちの両親」
 食事を済ませ、あとは当事者どうしでおしゃべりするといい、と親族一同が出ていった部屋で、若い男女は乾いた笑顔を浮かべる。時乃はもちろん、軸も、この結婚話に秘められた思惑を知っている。時乃の実家である廃業寸前の旅館『結城屋』。期待されているのはブロッケングループと姻戚関係を結ぶことで得られる資金援助だが、それだけではない。
 時乃は将来、双子の弟である帰一がやった罪を被ることになっている。そのときは結城屋のイメージダウンは免れないが、彼女を支配人の妻として迎えていたブロッケンホテルとて無事ではない。むしろ、そちらのほうがイメージダウンの落差は大きい。結城屋としては、その日がくるまで時乃ごしにできるだけ資金を吸い上げ、いざ露見する日がきたらブロッケンにできるだけ被害をおしつけたい考えなのだ。
「ええと、それでは、事務的なことからお伝えしますと……」
 気まずげに軸が身じろぎをする。彼らは、互いの家のあずかり知らぬところですでに他の人間も交えて出会い――世界を救う勇者、囚われの姫君、魔王、魔王の部下、竜、という役割には気づいている者もいない者もいたが――ほんのひととき親しくなっていた。せっかく親しくなった直後に露見した過去のせいで、冷水を浴びせられたように雰囲気が醒めてしまい、そのあとは連絡を取らずにいたけれど。
「あの土地についてですが、今のところ企業からの視察等の依頼はありません。あってもうまく誤魔化すつもりですが、今はとりあえずプランニングを停止して、それとなくあの土地への興味を失わせるよう操作しています。時間をかけていわゆる自然消滅として印象づければ、うちとしても軋轢なく計画を白紙に戻せるので……」
 そうか、ありがとう、と小さく返事をして項垂れるボブカットの頭を『魔王の部下』はじっと見つめる。可南子が魔王、自分がその部下、そして真壁が勇者であるならば、紺田時乃は囚われの姫君ではないか? ということに彼は思い至りつつあった。
「改めてお伺いしたいのですけど、帰一くんの罪をいまは隠匿し、いずれ露見したときはあなたがそれを被る、という考え方は変えていないのですか?」
 時乃は沈黙した。否とも応とも言わないが、この場合、沈黙は明らかに肯定だ。
「あのときお話したように、僕はあなたが身代りになることには反対です。だから、帰一くんが逮捕されても結城屋さんが廃業しない手段を探していこう、という方向でご納得いただいたと思いますが……改めて聞いておきたいのは、あなたがそこまでご実家に尽くす理由です」
 軸はテーブルの上に視線を落とした。昼の軽いコース料理のあとに追加で注文した飲みものが置いてある。グラスは飲みもの自体の色を引き立てるよう無色だが、すんなりとしたシルエットで縁だけが淡く青い。初夏の季節のグラス選びとしては涼しげだな、良し、とつい経営者目線で考える。
「……あなたはそこまで、ご実家の稼業に思い入れがあるのですか? それとも、その……ご当主であるお父様から強いられてその選択をしているなら……それは正直、しかるべき機関に連絡してもいいケースです。あなたおひとりではなく、なんならお母様もご一緒にですけれど」
「……ああ、うん、言いたいことは解る」
 時乃は困ったような遠慮の表情をつくった。
「心配してくれてありがとう。ただ、強いられているというか……少なくとも圧力的に命令されたわけじゃないの。当然のように犠牲として組み込まれてるのは確かで、それに苛立ちをおぼえたりはしたけど……でもこれは私自身の問題なんだと思う。私自身が迷ってるから強く出れないだけ。うちの兄さんがお父さんと喧嘩してたとき、うちの稼業を悪しざまに言うのを聞いて、あまりいい気がしなかったのも本当だし」
 相手と視線を合わせる気になれず、時乃は窓の外を眺めながら言葉を続ける。
「兄さんと喧嘩したあとはお父さんよく、まだ小さい帰一と私を呼んで、おまえたちはかわいいな、おまえたちは味方だよなって言い聞かせてた。帰一がもちろんだよ、って訳も解らず安請け合いをして、私も引きずられて良い子のお返事をしてた。もちろんだよって。大きくなるにつれてさすがに状況が理解できて、安請け合いはしなくなったけど、帰一はあんな性格だから未だにあっけらかんとお父さんを全面肯定してる。それで私もちょっと、後ろめたさがあるのかな? 自分で言ったことを自分で裏切るのか、みたいな?」
「……あなたがあなた自身の人生を生きるのは当然の権利で、裏切りでもなんでもありませんよ」
「うん、それも解ってる。……頭では。私はどっちかといえば少し冷めた部分のある性格で、伝統をもつ稼業だとか、それを大事にしたがる家族の願いだとか、そういうものに実はさほどの思い入れはないんだよね。無理なものは無理だろって普通に思ってる。大人しく諦めて他の事業を探せ、っていう兄さんの意見に理があると思ってる。……でもそんな私でも、自分がそこに属している場所、今までそこで努力してきた場所を捨てることに、こんなにためらいをおぼえるんだなあ、って逆に感心してる」
 聞いている軸は曖昧な表情だ。お気持ちは解りますけど、と言いたげに口の端を下げている。時乃は続けた。
「……自我の範囲ってどこで決まって、どこからが自分の判断ってことになるんだろう? たとえばオリンピックで、たいていの人は自分の国のチームを応援するよね。私も、日本のチームが出てたらそれだけで眼を留めたりする。これ自体は無邪気でまっとうな愛国心だと思う。でも本当は、いろんな国のチームをよく吟味したら、もっと面白いと思えるチームがあるかもしれない。『自分の国のチームを応援する』、『自分の好みのチームを応援する』、どっちが自我の範疇だと思う?」
「……どちらが、というならどちらも自我の範疇でしょう。どちらの『好き』に比重を置くかの違いでしかないし、『好き』にいつでも解りやすい理由があるわけではない。ただ、スポーツを例にとるなら、種目自体に強く思い入れている人は様々なチームの試合を広く見ている印象がありますね。種目自体への価値観が決まっているから、その価値観にそったチームを注目するようです。スポーツは詳しくないので、周囲の話を聞くかぎりの感想ですが」
 軸は腕を組んだ。この姫君はあれこれと物事を考える性分らしい。思慮深いともいえるが、面倒な性格ともいえる。
「ただ一方で、自分が属する集団へのすなおな応援は、すなおに精神を育成してくれるとも思っています。国でも家族でも信条でも、なんでもいいですが――それは多かれ少なかれ自分と周囲をつなぐ要素です。ダイレクトに『人脈』と言い換えてもいいでしょう。人はひとりでは何もできませんから、何かを成し遂げるときに人脈は大きな力を発揮します。自分の属する集団を応援することは、よい人脈を育て、相互扶助が正しく機能する集団を育てることでもあります。……ただ、集団の力はたやすく排他的な暴力にも化けるので、取扱いは慎重にしなければいけませんけど」
「うん……あと重要なのは、そもそもそれが社会の法律に抵触しないことが前提だよね。自国のチームを応援するのはともかく、他国のチームを貶めることがすこやかな育成に繋がるとは思えないし」
「……そこまでご承知なら」
「うん。ここまで解ってるんなら、本当ははっきりさせたほうがいい……」
 時乃は顔を伏せた。解っている、自分が罪を被ることが父や弟のためになるとは思えない。本当に彼らを思うなら世間に真実を明かすべきなのだ。
「……結局やっぱり、私に勇気がないのと、親族のあいだで自分が悪役になるのが怖いだけ、なのかな? 正直、別にいつだって家を出てやればいいとも思ってはいる。でもどうしてもためらう。帰一がかわいそう、でもあるのかな……」
 語尾を震わせて立ち消えた時乃の独白を聞きながら、軸義人はずっと考えていた。彼はさっきから、ずっとひとつのことだけを考えていた。
「時乃さんって、僕のことお嫌いですか?」
「は?」
 唐突な問いに、時乃が瞳を瞬かせる。ブロッケングループの御曹司は腕組みを解いてにっこりと微笑みかけた。
「あなたの考えはお伺いしました。でもいずれにせよ、僕の姿勢はこれからも変わりません。僕は、あなたではなく帰一くんが逮捕されても、結城屋さんが廃業しない手段を探します。それでいいですね?」
 半ば押されるように時乃は肯いた。そんな手段があるとは思えないが、可能ならそのほうがいい。
「では、この企みを成功させるために僕たち、ときどき顔を合わせても不自然じゃない間柄になっておいたほうが便利だと思うんですよ。今日を幸い、お互いの両親にちょっと気をもたせるような返答をしておいて、いつでも会える間柄になっておきません?」
「え? えーと、うん」
 相手の饒舌に押されて返事をしてしまったあとで、時乃は考える。それはつまりどういうことだろう。今後の連絡をスムーズに取り合うために、周囲からみて『うまくいきそうな2人』を演じていこうという意味か?
「それに」
 やわらかい笑顔を作っていた軸は、さらにもう少し口角を上げた。
「あなたは思慮深くてひたむきな女性だ。僕個人としてもそういう女性、嫌いじゃないんです。あなたが今の境遇から抜け出すための力になれたら、個人的にも嬉しい」
 ……ええと、これは、と時乃はついさっきの自分の思考を訂正する。うまくいきそうな2人を演じるというより――実際にそうなろう、と持ち掛けられている、のだろうか?

 軸は軸で、さっきからずっとひとつのことしか考えていなかった。ここで紺田時乃を精神的に抱きこんでおくのは、恐らく悪くない。この事実を、いずれ自分の仕える『魔王』のために役立てるときがくるかもしれない。
 軸義人はひとつのことしか考えていなかった。つまり、すべては『魔王』のために。



 紅谷可南子は、長い脚をいらいらと組み替えて、ブロッケンホテルのロビーでエレベーターホールを睨んでいた。
 エレベーターをじっと睨みつけているのは、そこから見知った顔の相手が出てきたら隠れなければならないからだ。でもそれなら本来、ロビーを離れてしまえば済む。離れることができないのは、気になって気になって仕方ないからで、そんな自分に可南子はたいそう苛立っていた。

 両親から例の話を持ちかけられました、と事もなげに彼女の部下は言った。ちょうど一か月前、いつものようにキャンピングカーで学校からの送り迎えをさせている車中でのことだ。
「なんの話?」
「ほら、以前、紺田時乃さんと僕との結婚話があるって話をしたでしょう? 『結城屋』さんがまあ……時乃さんのお話によれば、色々な意味でブロッケンを利用しようとしてるらしいですが……その前段階としての結婚話が、具体的に持ち込まれてきました」
「あれって、まだ話題だけのレベルじゃなかったの?」
「話題だけのレベルだったのを、もうひとレベル進めたいというあちらさんの意向ですね。とにかくうちの娘とお食事でもしてみないか、と両親に打診があったそうです」
 運転席で『魔王の部下』はハンドルを切って続けた。
「僕の両親は完全にただ面白がってますね。判断もなにもおまえに任せるから、会いたければ会えばいい、前時代的ではあるけど珍しい体験ができるかもよ、とTVドラマの登場人物をせっついて楽しんでるような雰囲気です」
「ちなみに軸くんのご両親は?」
「恋愛結婚だったと聞いてます。だから逆に面白がってるんでしょうね」
「面白がられるだけならいいけど、妙に乗り気になられなくてよかったわね。軸くんとしては受けるわけにはいかないんだから」
 断ることを当然の想定として可南子は言った。だが、忠実な部下はすぐに返事をしない。運転のために前を見据えながらも、どこか思案するような表情を作っている。
「……僕は最近、ちょっと考えてるんですけども。可南子さんが魔王で、僕はその部下、真壁くんが勇者というところまでは判明しています。では時乃さんはなんなのでしょう?」
 改めての再確認に、可南子は不意を突かれ、いたたまれないような気がして思わず下を向いた。そうだ、最近はあたりまえのように主従関係を築いていたせいで逆に忘れていた。この男はちょっとおかしい――私を『魔王』だと思っている。万物の敵、この世を滅ぼすために生まれ出た存在、そして自分をその部下なのだと思いこんでいる。
「……さあ、なんでしょうね。でも勇者さまのそばにいるんだから、お姫さまなんじゃない?」
 投げやりに、自虐をこめて可南子は応えた。少なくとも自分はそうではなかろう。あの人のお姫さまでは、ない。
「ああ……なるほど。貴女や真壁くんのように、はっきりとした運命は課せられてないようですが、あえて役職をつけるなら『囚われの姫君』かも知れませんね……」
 遠慮がちに部下が応じた。彼は、可南子が真壁に向けている密かな想いを知っていた。自分が『魔王』だと自覚してしまった事実が、『勇者』である彼との断絶を感じさせて苦しいらしいということも。
「では、帰一くんはなんでしょうね。姫君を攫って閉じこめるのは魔王の仕事でもよかったのでしょうが、そうはなっていないところを考えると……彼は『竜』みたいなものかもしれません。姫を苦しめるのは、魔王でなければ竜だ。悪意をもって苦しめているのかそうではないのか、判断はつきませんが、竜はそもそも人間の観点で善悪を語るべき存在ではないのかもしれない。なにしろ怪物なのですから」
 お伽話のセオリーを、知的な口調で大真面目に語る。この男とはじめて会ったときにも思ったことだけど、と可南子は考える――こいつの強固な妄想は、私の手に負えない。
「ともあれ、この縁談話、いったん受けてみようと思います」
 可南子は驚いて、後部座席から運転手の頭を見た。
「は? なんで?」
「結城屋さんが、どうやらブロッケンを利用しようとしているのは百も承知ですが、僕の望みはそもそも魔王であるあなたの希望を叶えることだけです。……時乃さんのご家族が隠匿している犯罪については、あの場では『帰一くんが逮捕されても結城屋さんが廃業しない手段を探そう』と提案しましたが、これも場を収めるための提案であって僕にはどうでもいい。あなたのために使える材料になるかもしれないから、先延ばしを提案したにすぎません」
「…………」
「それと同じで、実際に結婚するかどうかはさておき、ここらで時乃さんと深い仲になっておくのも、牽制になっていいかなと思ったんです。そうすれば時乃さんと真壁くんの関係が、これ以上進展することはないし……そうそう、あとは単に、こまめに連絡を取り合える仲になったほうが何かと便利だろうと思うんですよね。あの土地はしばらくは守っていかないといけませんから」
「…………」
 可南子は、なるほどね、という素っ気ない返答をなんとか喉から絞り出そうとして、ついに成功しなかった。なぜだろう? 言葉がうまく出てこない。
 怒りたいような気がするが、別に怒るようなことはなにもないはずだし、哀しいような気もすれば呆れているような気もするが、渦巻く感情が溢れだすばかりで、自分がこんな気分になっている肝心の原因がなにひとつ解らない。
 着きましたよ、今日は道が空いてましたね、と言って運転手が可南子のアパートの前に車を停める。到着してしまったから、可南子は車を降りるしかなかった。運も悪かったのだ。せめて道が混んでいて、到着までもっと時間がかかっていたら、車内でずっと黙ったままの可南子の態度をさすがに軸も訝しんだだろう。

 そんなわけで可南子は、自分でも把握できぬ感情に流されるまま、ブロッケン上階のレストランで軸義人と紺田時乃が会っているその当日、こっそりロビーで待ち伏せながら不機嫌の極みにあった。
 場所と期日をどう聞き出そうかと悩んだが、ご丁寧にも部下のほうから「明日、ブロッケンで紺田さん宅と例の会食の予定があります。昼の十一時くらいから三〜四時間ほど、急なお召しに対応できなくなりますがご容赦ください」と報告があった。まったく持つべきものは忠実な部下だ!
 こうしてロビーで粘ったところでなんだというのだろう。可南子は自分を笑いたくなる。別にあの2人に姿を見せたいわけではない。むしろ見られたくない。気にしているなどと知られたくない。というより、私は何を気にしてるんだろう。何に苛ついてるんだろう。解らない、でも言えることはただひとつだ――こんな時にこそ私の機嫌をとるのが部下の仕事じゃないのか!
「あれ? 可南子さんだよね」
 人懐っこい声が背後から掛けられた。眉間の皺をそのままに可南子は振り返る。立っている人物は見知った顔をしていた。自分と同い年の男性なのは知っているが、中性的でかわいらしい顔をしているので幼く見える。ちょっといい生地のジャケットを着ているが、洒落めかしているというよりも何かの発表会にお呼ばれした中高生のようだ。
「ああ……帰一、くん」
 状況を理解するための数秒のあと、可南子は呻くような声を出した。しまった、見つかった――この子も来ていたのか。家族ぐるみの会食ともなれば、確かに居てもおかしくない。ただ、時間帯から考えれば今まさに両家とも食事の最中のはずなのだが、なぜ彼だけここにいるのだろう?
 久しぶりだね! と無邪気に笑いながら隣のソファに座る少年に愛想笑いを返しつつ、可南子はあたふたと思考を巡らせる。彼らはまだ、気づいていなかった。ブロッケンホテルに集結しつつあるのは、魔王の部下と、囚われの姫君と、魔王と、竜だけではなかった。
 ホテルの裏口に設けられた、飲食物を搬出入するトラックの出入り口。その周辺で『勇者』真壁七也が、日々の糧を得るための労働に精を出していることには、まだ誰も気づいていなかった。





(2015/08/14発行の冊子版あとがき要約)
お読みいただきありがとうございました。
そろそろ各キャラの行く末がうっすら見えてきました。最終的にどうなるか決まってるキャラもいれば、曖昧なキャラもいたんですよね。読者の方に納得していただけるよう頑張るほかありません。
ご感想をいただければ嬉しいです。


初稿:2015/08/14
改稿(web掲載)2017/06/15


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