湧き上がるいつもの感覚に、ザトーは舌打ちをした。 彼女にはこれ以外の選択肢はない。他でもない自分がそう仕向けた。 解っている。解っていても。 おまえがここに居るのは何故だ。 ザトーは稀に、ミリアひとりを連れて街を歩くことがある。 軽い食事に出る日もあれば、こまごました買い物のときもある。いずれも些細な用事だ。頭領としては少々飾らなすぎる行動だが、実質的にみて護衛が要るふたりではない。 犬を散歩に出すようなもの。ミリアは自嘲的にそう考えていた。 やや夜も更けた繁華街は、紅色の熱気に彩られていた。 二軒目の酒場を物色しながら歩く若人たち、劇場に向かう馬車を急かす貴族の老夫婦。平凡な幸福を、あるいは平凡な悩みを内包して群衆はざわざわと忙しい。 生命の熱が闇を駆逐する。夜ならではの眩しさにミリアは眼を細めた。 ふと苦々しい舌打ちの音を聞いて、隣を歩いている男の顔を見る。 彼女の上司は見るからに不機嫌だった。 どうやら顔を覗きこまれたことも気に喰わなかったらしく、ザトーはなお腹立たしげに薄い唇を歪める。 どうしたのと聞こうとした瞬間、強引に腕をとられた。 視界が急激に横滑りし、目の前が一転して暗くなる。 何が起きたのかよく解らないまま、音や光が急激に遠ざかる。引きずられて無理やり歩かされながらミリアは何度も瞬きし、左右を見回してやっと理解する。ほんの一瞬の隙にここに連れ込まれたのだ。 駆逐された闇の逃げ場所。人ひとり通るのがせいぜいの、建物と建物の隙間。 入り口付近に置かれた塵入れのせいで死角になっている。 振り返れば細長く、さっきまで歩いていた通りが見える。人々のざわめきが小さい。 腕をふりほどき、何をするのと言おうとしたが突然、背中を壁に打ち付けられて思わず声を詰まらせた。 男の足元から具現化した黒い質量が高く屹立し、彼女の両腕をさらいとって頭上の壁に押さえつけて拘束する。 肌に食いこむほど強く、しっかり壁に貼りつく。いくら力を込めても微塵も動かせない。驚きを隠せぬ相手の様子に、ザトーは嗜虐的に笑った。 気遣いも余裕もなく、男の手が乱暴に女をまさぐる。 靴を履いたままの片足を高く持ち上げられ、ミリアは制止の声を飲み込む。何をされるのか解らないはずもなかった。 「いい格好だな」 黒い愉快さを秘めた声が囁く。あまりの事に口もきけない。 そこに人が歩いている。狭い隙間だが見える。正気の沙汰ではない。 しかし行為は止まらなかった。 立ったまま着衣をずらされ、慣らしもせずにねじ込まれる。 激しい嬲りに必死に耐えても、やがて強引に開かれる感覚に、頭の奥が痺れて白く霞む。 「……声を上げてみろ。すぐに気付いて貰えるぞ」 いたぶるように動かし、ことさら音を立てながら男が言う。 熱に潤んだ視界でミリアは、人々が笑いさざめく、細長く切り取られた明るい界隈を見る。 助けて欲しいとは思わなかった。ただ気付かないで。どうか、誰も、見ない、で。 街を見て、眩しく細める、彼女の瞳。 ザトーはミリアの肢体を抱え上げる。辛うじて地面に付いていた爪先が浮く。 繋がった部分だけに全体重がかかり、更に深く呑み込まされ、仰け反った喉が震える。 最奥をえぐるように突きあげ、掻きまわし、根元まで抜き挿して責めたてる。 耐えきれずとぎれとぎれに、啜り泣くような嬌声が女の唇を割る。 「……おまえが」 おまえがここに居るのは何故だ。 解っている。 おまえは拾われてここにいる。他に選べないからここにいる。仕方なくここにいる。 それだけだ。おまえの本意では無い。 だからここでこうしておまえは犯される。 光満つ街に焦がれても、闇はいつでも足元に、息を殺して蹲る。 がくがくと痙攣して、ミリアは堕ちた。 もうどうでもよかった。何もかもどうでもよかった。ただ一つ望むとしたら、 名前を、呼んで欲しかったかもしれない。 最低な男の話ですが、それはたぶん当のザトーが一番よく解っていることでしょう。 この小説は『41.NIRVANA』に少しだけリンクしています。 |